Mar
24th
Thu
24th
開拓失敗の歴史
(前略)
八草のように、とうとうたえきれなくなって、にげ出したところには、はじめから人は住まなくてもいいではないか、という人があるかもわかりません。汽車や電車に乗ることができたり電灯のあかあかとついているところに住むほうがよいではないか、というかもわかりません。しかし、やっぱり山のなかにも住まねばならぬようなわけがあったはずです。
おそらく、八草のようなところへ人が住みつくまでに、長い歴史があったと思われます。はじめ海岸や平野に住んでいた人たちが、だんだん山奥に住むようになったのは、はじめは夏だけそこに出(で)づくりをしていたのがいつかそこに住みつき、人口がふえるとまたその奥に出づくりをして、やがてそこに住みつく。そして知らぬあいだに山のずっと奥まで村をつくっていったのでしょう。ときには、住みにくいところにまで住もうとして失敗したことも少なくないようです。
しかし、人は失敗にこりないで、やはり前進をつづけて、国のはしばしにまで村や町をつくりあげていったのでしょう。しかも、そういう失敗の歴史こそ、私たちにはとうとい手本になりました。あるいは、失敗の歴史の上に私たちはたっているのかもわかりません。
いったい私たちの住んでいる村がいつからそこにあったのか、また私たちの家がいつからそこにあったのかを考えてみると、このようなうたがいがおこってくるのです。
— 『ふるさとの生活』宮本常一
「一 ほろびた村」より
1 開拓失敗の歴史
「一 ほろびた村」より
1 開拓失敗の歴史