17th
日本は狭い、小さい、人がいっぱいだ、というゆようなことをだれでもいうが、近ごろできた全国の土地利用図などを見ると、どこもかしこも空地だらけである。
どういうわけでこれがそんなに窮屈なのか。まだほんとうのことを説明してくれる人がない。私たちは自分でこれから、それを考えてみなければならない。たとえばここから東のほうへ何十里、または西へ南へ何十里、そこにはどんな村があり、どういう社会があるのか、あの山脈の向こう側には、いかなる生活が営まれているのか。
今はまだ知っている人が少ないが、それを想像してみようとするような若い人々が、たくさん出てこなければ、国はけっして団結することができない。国を一つの大きな問題として、皆で考えてゆくためには、もう少しおたがいがよその土地のことを、知っていなければならぬのであった。
もちろんどこでも同じだということは多かろう。なかにはそんな小さな点まで似ていたのかと、驚くような場合もきっとある。しかし一方にはまたまるで気のつかなかった、変わった珍しい事実が、あるということもだんだんに知られてくる。私たちが人生に目を開くというのはこのことである、ちょうど身体が食物によって養われるごとく、こういう知識の補給がなかったら、人の心は伸び伸びと成長してゆかない。
―『ふるさとの生活』宮本常一著より
「旅と文章と人生」柳田國男
- c said
これが昭和25年の文章である。
戦前戦後の生活誌、またそれに寄せた文章を読むたび、 いつもいつも「今となにが違うのか」と思っていた。
ある人に聞かされた話だけれども、ある時、ある場面で宮本常一さんは「学問は、即効薬ではありません」と言ったという。
学問は即効薬ではないけれど、根本的な、普遍的な問いを投げかけている。少なくとも、本来目指すものは、そのはずなのだ。
わたしは青春時代を含めて十年以上、東京に住み、愛着がある。とりわけ、人にはそれがある。
また現在都市化した場所であっても、ほんの数年前までは農地であった場所、今現在もそうである場所がある。
この話は、それらも含めてのことなのだ。