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mori de memento.

toi et moi.

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8th
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(前略)

喜八という詩人にはすべての詩にこうした思いが形を変えて通奏低音のようにつらなり響いている。ある人はそんな一寸したことで一日が平凡でなくなり、なにか抜群なものと結びつくなどというのは楽天的に思うかもしれない。実際にこの詩についてではないが、喜八をそう見ている評論家のいるのを私は知っている。しかし、これは単なる比喩ではなく、この詩の通り喜八という詩人はこうしたほんの小さな自然からの贈り物で一日が平凡でなくなったと確信出来た人なのである。そして、その一日をたしかにそう感じたままに生きることの出来た人なのだ。
私にいわせるなら羨やむことはあっても、からかいを含んだ口調で楽天的と片づけることはできない。

(中略)

その描写は観察にうらづけられた的確なものだが、思いうかべながら詩人は自分の内部にその雉の姿をとりこむ。そしていつか雉と一体となって自分の生きる姿勢を再確認する。

(中略)

 いま 野には
 大きな竪琴のような夕暮が懸かる。
 厳粛に切られた畝から畝へ霜がむすび、
 風の長い琶音がはしり、
 最初の白い星がひとつ
 もっとも高い健を打つ。

 ─「冬野」─

広大な自然の運行を前にしたときも、この詩人は微かな贈りものを受けたときと同じように新しい力をうけとる。そして

 冬は古代のようにひろびろと枯れ、
 春はまだ遥かだが
 予感はすでに天地の間にゆらめいている。

と感じる。もっとも高い健を打つ最初の白い星に呼応して詩人自身の内部で見えない竪琴が鳴りはじめるのだ。

— 『季刊銀花』1993年 冬 第九十六号
特集「高嶺の花 —山と人と書物をめぐる」
雲の上の文庫「尾崎喜八素描 その詩の世界—」
伊藤海彦 p.38 四 竪琴