mo RSS

momento,
molde,
moderado

mori de memento.

toi et moi.

Archive

Sep
13th
Tue
permalink
(前略)
是は少しく身邊(しんぺん)の私事に渉るが、自分の家には成長した子女が數名にあつた。それに對しての最も力強い助言者は、ちょうど折よく手を著けて居た、前代文化史の此部面の知識だつたのである。學問は生活の實際上(じっさいじょう)の要求に役立たぬ樣では、始める甲斐が無いとまで思つて居る自分には、少なくともこの範圍に於ては言行の一致を見たのである。日本民俗學の必要と可能性が、やや過分にまで適切に立證せられたのである。嬉しいことには相異ないが、其代りには學問の同期の卑近さを、見縊(みくび)られる懸念も無しとしなかつた。ところが大間知君の場合は全然別であつた。満足すべき婚姻生活は既に開始し、家にはまだ弧々の聲(こえ)が無い。乃ち第一の問題は夙に立派に解決し了り、第二の問題はまだ遠く地平線上に在るのである。その中道に在つて人の爲、又弘く人世の爲に、欠くべからざる参考資料を明確に整理し、出來るだけ容易に利用せしめんとするのである。たとへ分擔(ぶんたん)の量目は均等だとしても、之を提供しようといふ素志に至つては、著しい價値の差を認めざるを得ない。さうして之を正直に告白することが、亦共同者の義務であると思ふ。
昭和十二年一月
柳田國男識
(一部ルビを追加し、旧字体を新字体に改めた)

『婚姻習俗語彙』「序」より
柳田國男・大間知篤三共著/国書刊行会
昭和12年復刻原本/昭和50年印刷発行

- 薗會千博 c said

この序文の「學問は生活の實際上の要求に役立たぬ樣では、始める甲斐が無いとまで思つて居る自分には、少なくともこの範圍に於ては言行の一致を見たのである」という一文を読んだ時は、胸がすく思いだった。

そもそも、なぜ自分が民俗学に関心をもったのかと言えば、「このように生きたい」「人はこんな風にも生きられる」と思い描いた人の姿をそこに見たからで、なぜ記すのかといえば、私にとって記録の最終的な目的は詰まるところ、そのような記録を目にした人の心に動きが生じ、意志が働き、行動が伴い、変ってゆく人の姿が見たいからに他ならない。

先日のとある婚姻の場面で見かけた、沿道に並んだ嫗の涙だとか、花嫁を覗き見る子どもの瞳だとかに出会うと、そこに希望を見出す。キラリキラリと光るものが、夜の航海を導く星のようでもあり、暗闇の中の灯のようだと思ったりもする。